保険は本当に必要なのか? ――損得勘定を超えた「助け合い」の仕組み

最近では、YouTubeやSNSを中心に「保険不要論」を唱える人も増え、特に若い世代を中心にその考えが広がっています。
「保険は損するもの」「保険会社が儲かっているんだから加入するのは馬鹿らしい」といった論調です。
確かに数字の上では、支払う保険料の総額よりも受け取る保険金が少なくなる人の方が多い。だから「損だ」と言われれば、その通りに見えるかもしれません。
しかし、果たして保険は損得だけで語るべきものなのでしょうか。
保険の本質は「相互扶助」
保険の成り立ちをたどると、明治時代にまでさかのぼります。その原点は「相互扶助の精神」です。
たとえば100人が集まり、そのうち1人が不幸な事故や病気に遭ったとき、残りの99人で支える。そのために、あらかじめみんなでお金を出し合っておく。これが保険の仕組みです。
つまり保険料は、将来のリターンを期待する投資ではなく、助け合いの制度に参加するための会費のようなものなのです。
損得勘定だけでは見えない価値
「元が取れるかどうか」という視点は、保険の本質を見誤らせます。保険には、次のようなお金に換算しづらい価値があります。
- 安心感:大きなリスクに直面しても、家族が生活を守られる安心
- 選択肢:医療や生活の選択を「お金の心配」よりも「必要性」で判断できる自由
- 社会的な意味:リスクを分かち合う共同体の一員として支え合う仕組み
これらは数字の損得では測れないものです。
なぜ損得論ばかりが目立つのか ――供給側の問題
ただし、ここで忘れてはいけないのは、保険を提供する側の責任です。
多くの保険会社や代理店が、小手先のセールストークや販売テクニックに偏り、「いかに契約をとるか」に注力してきた現実があります。
さらに一部の保険商品は、あえて消費者にとってわかりにくい設計にされているケースすらあります。保障内容やコスト構造が複雑に絡み合い、比較がしづらいよう作られていることもあるのです。
このような供給側の姿勢が、結果として消費者の不信感を生み、「保険=損するだけ」「保険会社が儲けすぎている」という単純な不要論を後押ししてしまっているのは否めません。
それでも加入するかは自由
だからこそ重要なのは、制度の本質を理解したうえで判断することです。「助け合いの輪に参加するかどうか」を、自分自身の価値観で選ぶこと。
その前提として、
- 自分が守りたいものは何か
- どのリスクを自分で背負えるか
- どこからは保険に託すべきか
を考えることが不可欠です。
まとめ
保険は、損か得かで語るものではありません。
「相互扶助」という社会的な仕組みに、自分も加わるのかどうか。そして、その制度を健全に保つために、提供する側にも改善すべき点がある。
加入するかどうかは最終的に自由です。ただ、表面的な損得やセールストークに流されるのではなく、本来の成り立ちを踏まえて考えてみてはいかがでしょうか。
ファイナンシャルプランナー 白坂大介


